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音楽フロンティアみなと 再発見コンサート実行委員会

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ヴィラ・デル・ソルのなかの南葵 詳細紹介記事

南葵文庫、南葵楽堂の建築の一部分を移築したヴィラ・デル・ソルが、星野リゾートの傘下にはいった。しかし従来の建物はそのままで、南葵とのかかわりをアピールしている。そのサイトにも関連のページがあるが、現在までこの関連について最も詳細かつ客観性をもったレポートは、和歌山県立博物館の学芸員である安永拓也氏による記事がを参照されたい。
http://kenpakunews.blog120.fc2.com/blog-entry-273.html

喜多村進(南葵音楽文庫勤務)の資料、和歌山県博に

和歌山県立博物館ニュースによる情報です。
島崎藤村について文学を志したこともある喜多村進は、1932年に南葵音楽文庫が閉鎖されるまで勤務し、その後和歌山にもどりました。そのコレクションの白眉は9000枚にもおよぶ絵はがきです。またオルガンや椅子など南葵音楽文庫、南葵楽堂に関連したかもしれない資料が寄贈されています。詳細は和歌山県立博物館ニュースのブログからblog-entry-85をご覧ください。ただし常時展示されているわけではないとのことです。

徳川頼貞が修復支援のオルガンで音楽祭開催

バンブーオルガン
第二次大戦中の1942年、フィリピン滞在中の徳川頼貞が修復を支援したバンブーオルガンは、マニラ近郊のラス・ピニャスにある教会に、1817年から24年にかけて製作設置された、1031本あるパイプのほとんど(902本)が竹で出来ているというユニークな楽器である。2003年にフィリピン国立博物館は、現在も使用されている唯一の19世紀バンブーオルガンであるとして、国指定の文化財とした。オルガンは、1970年代に、ドイツのクライス社によって再度修復され、現在はこのオルガンを中心にした音楽祭が開催されている。
 このオルガンを軸にした音楽祭は、2015年は第40回を迎え、2月19日から27日にかけて開催された。詳細は
下記のサイトを参照。
http://bambooorgan.org/

平成30年度 リニュアール・オープンへ

旧奏楽堂は、改修のため閉館しているが、従来再開時期を明言していなかった台東区は、平成30年度にリニューアル・オープン予定であるとホームページで明らかにした。南葵楽堂から移されたオルガンについて、その修復がおこなわれるかはホームページからは定かではない。

戦時下の南葵音楽文庫

太平洋戦争の間、南葵音楽文庫は東京・三田の慶應義塾図書館に寄託されていた。慶應側の文献に、空襲下の南葵音楽文庫を伝える記述がある。
「五月に東京と横浜に空襲があって被害が出たが、その後しばらくは地方都市に攻撃が加えられて東京は無事であった。空襲警報はたびたび発令されたが、それは地方都巿攻撃の帰りの敵機が柬京近くを通る警戒のためであった。しかしその間にも東京への再度の空襲は予想された。敵機から撤布された宣伝ビラには虎刈りから丸刈りにするぞとあったと噂された。図書の疎開が引続いて急がれた。(中略)とやこうするうち爆撃に会った。幸い新書庫は無事であったので、罹災後始めて館長・理事らが書庫を見分した六月四日の翌日から、二日に亙って搬出された。搬出先は千葉県下の呉服屋の倉庫であった。」

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