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南葵音楽文庫を学び楽しむ集い

Author:南葵音楽文庫を学び楽しむ集い

南葵音楽文庫:
紀州徳川邸にあったわが国初の音楽専用ホール、そこに併設された南葵音楽文庫(現在和歌山県が保管)についての情報を順次掲載しています。

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「紀要」第1号が明らかにした南葵資料の現在と南葵の歴史

南葵音楽文庫には、精確な情報がすくなく、誤解や風説が多くあったが、「紀要」はそのいくつかについて、新しい光を照射しているようだ。関係者の指摘をかいつまんで紹介しておこう。

資料紹介
 ベートーヴェン自筆書簡下書きについて、その文面を、読響作成の邦訳の未定部分を解消した訳文を作成。今回の調査で、この書簡の入手が、1927年ベルリンであった事実を解明するとともに、購入以前は関連文献に掲載されたこともある本書簡が、最近の『ベートーヴェン書簡全集』には掲載されず、失われた資料と見なされていたことが判明。(この90年ぶりの再発見については、ボンのベートーヴェン・ハウスへ報告、書簡全集の補遺に反映されるのが望まれる)
 R.シュトラウス《アルプス交響曲》は、演奏権がついた、日本初演に用いられた楽譜である点に加え、今回の調査で、米国初演(ストコフスキー指揮)、ニューヨーク初演でも用いられた楽譜でもあることが判明した。ほかにも、稀少な資料、徳川頼貞にかかわる資料を紹介している。

関連歴史資料 
 カミングス・コレクションとその競売
 従来、徳川頼貞と米国国会図書館がオークションで競い、等分したといった俗説誤解が繰り返されてきた。今回、1917年頼貞が競売(5月、ロンドン)の情報を知った時期と場所を特定、また南葵音楽文庫関連資料(読売日本交響楽団所蔵)から購入顛末を記した文書を見いだし、競売不参加を裏付けた。また、第一次大戦中のため競売を経てもなお重要な文献が多数遺族のもとに残り、それを頼貞が一括購入した経緯を、本歴史資料により実証している。
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プロコフィエフの自筆サイン紹介される

南葵音楽文庫の定期講座第1回が、2018年1月21日午後、和歌山県立図書館で開催された。この日は、徳川頼貞とプロコフィエフとのかかわり。亡命途中日本にたちよったプロコフィエフが、徳川頼貞からの口頭でのソナタ作曲依頼を、文書の依頼をまちながら結局すれちがいにおわった「幻のソナタ」の件など、プロコフィエフのが残した詳細な日記を軸に検証した、内容的にはほとんど研究発表。しかし、音楽作品の例や、彼の作品の日本における美術創作への影響もふまえた話はわかりやくす、時間がたつのを忘れるような講座であった。
 そのなかでの驚愕は、プロコフィエフが自作品の楽譜に、フランス語で献辞をかき、署名もそえて頼貞に贈った楽譜の紹介。発表者によれば、講座前日夕方、まだ段ボールにはいっていた資料から見つけ出したという。講座のなかでは、その画像が示されたが、このブログに再掲載はいまのところできないのが残念。
 昨年12月の講演では、ガブリエル・フォーレの自筆署名が紹介されたが、南葵からはなにが飛び出してくるか、注目したい。

南葵ブルー、頼貞カラー?

見返し

謹賀新年 今年は紀州徳川家399年目にあたるそうです。
南葵音楽文庫閲覧室で頼貞が購入した本を手に取ると、文庫に入ってから装幀された本や楽譜に、統一した意匠が用いられていることに気がつきます。表紙はえんじ色に金文字、見返しは緑と金です。色合いは言葉で説明できないので、見返しの部分を拡大してアップしておきます。ひとつの丸や菱形が1センチ程度です。表紙については別の機会に。

南葵レクチャーの記録 公開はじまる

 ミニレク例(記録の例=部分)



12月9日から毎週土曜日、南葵音楽文庫閲覧室ではじまったミニレクチャーについて、その簡潔な記録が和歌山県立図書館のホームページで公開されている。 県立図書館⇒南葵音楽文庫⇒事業案内 スクロールした最下段にリストがありダウンロード可能。




IAMLニュースレターに寄託経緯紹介の記事

 国際音楽資料情報協会の日本支部がだしているニュースレターに、和歌山県寄託にかんする紹介記事が掲載されているのが判明した。
ネットで公開されているので、会員外でも閲覧可能。IAML日本支部で検索、ニュースレターの項目に。


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