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南葵音楽文庫を学び楽しむ集い

Author:南葵音楽文庫を学び楽しむ集い

南葵音楽文庫:
紀州徳川邸にあったわが国初の音楽専用ホール、そこに併設された南葵音楽文庫(現在和歌山県が保管)についての情報を順次掲載しています。

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南葵音楽文庫の「重要資料」新規の選定とその発表

12月2日、和歌山県立図書館において、寄託されている南葵音楽文庫約20000点のなかから、あらたに選定された『重要資料」についての発表があった。半世紀前に「貴重資料」を選び出した目録があるが、あらたに重要資料とは、紛らわしくもある。発表にさいして、配布された資料から、その趣旨の部分を引用してみよう。
以下引用〜
主として音楽史的な観点から選ばれた南葵音楽文庫のなかの貴重資料は、1970年に出版された『所蔵目録(貴重資料)』にほとんど収載されている。また、音楽書、楽譜以外の貴重な資料についても、同目録の音楽外資料として収録されています。 
 それから半世紀を経て、南葵音楽文庫資料をとりまく環境の変化から、ただ西洋音楽史資料の宝庫といった視点からだけではなく、複眼的な視座から所蔵している資料の価値を見いだす必要がうまれてきました。そのため『蔵書目録(貴重資料)』(1970)に記載されてはいない資料のうちから、とくに重要な資料を選定することにより、南葵音楽文庫がもつ価値の評価、意義の理解、今日的な魅力を捉え直し、その発信に資するため、あらたに「重要資料」を選定することにしました。
〜引用おわり
当日は実際の資料を示しながら、選定理由の説明があった。詳細は、「南葵音楽文庫紀要」第2号に掲載されるとのことであった。

カミングス・コレクションのカミングス以前の所有者解明へ

手沢本 のコピー1
12月1日午後、和歌山県立図書館で開催された講座で、佐々木勉氏による講演が行われ、そのなかで南葵音楽文庫の中核をなすカミングス文庫について、もとの所有者であるW.H.カミングスがどこからそのコレクションを入手したかについての、きわめて興味深い報告があった。
 氏は、カミングス文庫の蔵書に貼られている蔵書票を丹念に調査、そこからカミングス以前の蔵書者をわりだし、さらにその蔵書者のコレクションが、競売(オークション)、購入などによって、何時所有者が移動したかを、オークション・カタログと照合、さらにカミングスの記載を解読し、所有者の変化をあとづけた。発表によれば、もとの所有者でわかったのは19で、それぞれのオークションの日時を特定している。さらにオークションのロット番号、そのときのカタログ記載記事(カミングスが切り抜きをはりつけている場合もある)を精読、資料が秘めているヒストリーを明らかにした。それにしても、オークション・カタログがきちんと残されている(ネットで閲覧可能も)のには驚かされる。

「紀要」第1号が明らかにした南葵資料の現在と南葵の歴史

南葵音楽文庫には、精確な情報がすくなく、誤解や風説が多くあったが、「紀要」はそのいくつかについて、新しい光を照射しているようだ。関係者の指摘をかいつまんで紹介しておこう。

資料紹介
 ベートーヴェン自筆書簡下書きについて、その文面を、読響作成の邦訳の未定部分を解消した訳文を作成。今回の調査で、この書簡の入手が、1927年ベルリンであった事実を解明するとともに、購入以前は関連文献に掲載されたこともある本書簡が、最近の『ベートーヴェン書簡全集』には掲載されず、失われた資料と見なされていたことが判明。(この90年ぶりの再発見については、ボンのベートーヴェン・ハウスへ報告、書簡全集の補遺に反映されるのが望まれる)
 R.シュトラウス《アルプス交響曲》は、演奏権がついた、日本初演に用いられた楽譜である点に加え、今回の調査で、米国初演(ストコフスキー指揮)、ニューヨーク初演でも用いられた楽譜でもあることが判明した。ほかにも、稀少な資料、徳川頼貞にかかわる資料を紹介している。

関連歴史資料 
 カミングス・コレクションとその競売
 従来、徳川頼貞と米国国会図書館がオークションで競い、等分したといった俗説誤解が繰り返されてきた。今回、1917年頼貞が競売(5月、ロンドン)の情報を知った時期と場所を特定、また南葵音楽文庫関連資料(読売日本交響楽団所蔵)から購入顛末を記した文書を見いだし、競売不参加を裏付けた。また、第一次大戦中のため競売を経てもなお重要な文献が多数遺族のもとに残り、それを頼貞が一括購入した経緯を、本歴史資料により実証している。

プロコフィエフの自筆サイン紹介される

南葵音楽文庫の定期講座第1回が、2018年1月21日午後、和歌山県立図書館で開催された。この日は、徳川頼貞とプロコフィエフとのかかわり。亡命途中日本にたちよったプロコフィエフが、徳川頼貞からの口頭でのソナタ作曲依頼を、文書の依頼をまちながら結局すれちがいにおわった「幻のソナタ」の件など、プロコフィエフのが残した詳細な日記を軸に検証した、内容的にはほとんど研究発表。しかし、音楽作品の例や、彼の作品の日本における美術創作への影響もふまえた話はわかりやくす、時間がたつのを忘れるような講座であった。
 そのなかでの驚愕は、プロコフィエフが自作品の楽譜に、フランス語で献辞をかき、署名もそえて頼貞に贈った楽譜の紹介。発表者によれば、講座前日夕方、まだ段ボールにはいっていた資料から見つけ出したという。講座のなかでは、その画像が示されたが、このブログに再掲載はいまのところできないのが残念。
 昨年12月の講演では、ガブリエル・フォーレの自筆署名が紹介されたが、南葵からはなにが飛び出してくるか、注目したい。

南葵ブルー、頼貞カラー?

見返し

謹賀新年 今年は紀州徳川家399年目にあたるそうです。
南葵音楽文庫閲覧室で頼貞が購入した本を手に取ると、文庫に入ってから装幀された本や楽譜に、統一した意匠が用いられていることに気がつきます。表紙はえんじ色に金文字、見返しは緑と金です。色合いは言葉で説明できないので、見返しの部分を拡大してアップしておきます。ひとつの丸や菱形が1センチ程度です。表紙については別の機会に。

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