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音楽フロンティアみなと 再発見コンサート実行委員会

Author:音楽フロンティアみなと 再発見コンサート実行委員会

南葵楽堂の記憶:
麻布飯倉の(紀州)徳川邸にあったわが国初の音楽専用ホール、そこに併設された南葵音楽文庫についての情報を順次掲載しています。

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IAMLニュースレターに寄託経緯紹介の記事

 国際音楽資料情報協会の日本支部がだしているニュースレターに、和歌山県寄託にかんする紹介記事が掲載されているのが判明した。
ネットで公開されているので、会員外でも閲覧可能。IAML日本支部で検索、ニュースレターの項目に。


南葵楽堂の設計図面

設計図、南葵楽堂

ヴォーリズが設計した南葵音楽文庫を階下にもつ南葵楽堂の設計図面がのこっている。竹中工務店の寺田善男氏らの調査報告で(とても小さい画像だが紹介され、専門家の立場から報告がなされている。図面の数は60枚ほどもあるという。


慶應義塾大学図書館で南葵音楽文庫の残余発見、返還される

関係者の話によおれば、慶應義塾大学(三田)の図書館で、南葵音楽文庫の印がある図書数冊がみつかったという。同大学図書館に寄託されていた文庫は、空襲をさけて1945年に疎開(そのまえに寄託契約解除)されたが、あわただしい作業であったため漏れてしまったものと思われる。内容は、クルト・ザックスの楽器学など。発見は、2012年6月で、大学図書館はただちに現在の所蔵者に連絡して返還した。67年ぶりの返還であった。

南葵楽堂の印章(印影)です

印影
資料に押印されていた印影をスキャンしました。楽堂が建築されてから、おそらく短期間しかしようされなかったため、資料が入った年代を特定するのには役立つかもしれません。

南葵楽堂オルガンと日本楽器

 his-pic-003.jpg東京音楽学校パイプオルガン参考書(下記サイトより)
国内初のパイプオルガンが南葵楽堂に設置される際に英国技師のアシスタントをつとめ、1928年に東京音楽学校に移設される際にそれを担当したのは,日本楽器の技師でした。そのゆきさつが、ヤマハのサイトに紹介されています。サイトを見るにはヤマハのホームページからパイプオルガンへ、そこから仕事の歴史へ進んでください。

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