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音楽フロンティアみなと 再発見コンサート実行委員会

Author:音楽フロンティアみなと 再発見コンサート実行委員会

南葵楽堂の記憶:
麻布飯倉の(紀州)徳川邸にあったわが国初の音楽専用ホール、そこに併設された南葵音楽文庫についての情報を順次掲載しています。

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戦時下の南葵音楽文庫

太平洋戦争の間、南葵音楽文庫は東京・三田の慶應義塾図書館に寄託されていた。慶應側の文献に、空襲下の南葵音楽文庫を伝える記述がある。
「五月に東京と横浜に空襲があって被害が出たが、その後しばらくは地方都市に攻撃が加えられて東京は無事であった。空襲警報はたびたび発令されたが、それは地方都巿攻撃の帰りの敵機が柬京近くを通る警戒のためであった。しかしその間にも東京への再度の空襲は予想された。敵機から撤布された宣伝ビラには虎刈りから丸刈りにするぞとあったと噂された。図書の疎開が引続いて急がれた。(中略)とやこうするうち爆撃に会った。幸い新書庫は無事であったので、罹災後始めて館長・理事らが書庫を見分した六月四日の翌日から、二日に亙って搬出された。搬出先は千葉県下の呉服屋の倉庫であった。」

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